Grayscale Lovers

作品を分類すること、あるいは色眼鏡をかけてみること

カテゴリ:雑談 , 電子書籍  投稿日:2014/03/22

「この作品のジャンル、なに?」と問われて「ふむ」と考え込んでしまうタチだった。自分の作品は細部まで誰よりもよく知っているから、その質問に答えることは簡単に思えるが、とんでもない。SFだとかサスペンスだとか恋愛だとか、そういう括りで理解されることを拒みたい気持ちがふつふつと湧いてきて、ついに「ひと言じゃ言い表せないな」なんて口にする。それで読者を一人逃してしまうのだ。

作品を細部までよく知っているから、そんなにひと言で表せるようなジャンルでは本当は括れないことを、作品を書いた人は知っている。いろんなものを詰め込んだ。その自負もあるから、色眼鏡で見てほしくないという気持ちもある。

でも、読者は最初、色眼鏡で見たいと思っている。自分の好きなジャンルの作品を読みたい、というのは普通の感情だ。甘い炭酸飲料が飲みたいと思っているところに抹茶を出されるかもしれないリスクは誰だって避けたいのだ。

だからあえて、一番大きな括りに作品を委ねてみる。そうすると、興味を持って手に取ってくれる人が現れるかもしれない。一行目に目を通させたらこっちのものだ。その物語がSFだけじゃない、サスペンスだけじゃない、恋愛だけじゃないなんてことは、読者にはちゃんと伝わる。

作品の色を理解することは、読者に対するひとつの誠意のあり方だ。自分の作品が属しうるジャンルを正しく理解していれば、望む人に届きやすくなるし、それを望まない人に届かせないことができる。仮に無料キャンペーンで配布をしたとしても、最初から全く合わないはずの人が作品を読み始めることがなくなるのである。「タダだからダウンロードしてみたけど、やっぱりつまらないや」という思いを読者にさせないために自分の作品がおおまかにどういう色味なのかを予め伝えることが望ましい。

僕は、自分の作品のジャンルに「ミステリー」という言葉を使うことは避けている。これまで殺人事件や謎を取り扱った作品を書いた事があるが、いずれもミステリー作品として必要な要素を備えている物ではなかった。かわりに、「サスペンス」という言葉はよく使う。サスペンス作品として必要な要素を備えているはずだからだ。

誤解や思い違いは、悲しい。そんな思いを読者にさせないために、最近の僕は色眼鏡で自分の作品を見ている。



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“作品を分類すること、あるいは色眼鏡をかけてみること” への2件のフィードバック

  1. 牛野小雪 より:

    言いたいことをすっかり言葉にしてもらえました。
    私も自分の書いたものが何に分類されるか、自分でははっきりと決められません。
    他人の感想を元にこれはミステリー、これはSFだなって分類させてもらっています。

    • 皮算積人 より:

      書きはじめの段階から「SFを書くぞ!」と決めているのでもないと、実際なかなか難しいものですよね。
      確かに、他の人に決めてもらった方が、読者にとってしっくりくる分類になるように思います。

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