孤独のナポリタン
カテゴリ:小説 投稿日:2014/05/01
……腹が減っていた。
新しく別荘を構えたから、いい輸入雑貨を揃えてほしいという得意の顧客に呼ばれたのはよかったが、その別荘がこんな山奥とは思わなかった。帰りは下り坂だから比較的カロリーは使わないが、昼の1時を過ぎれば腹は減る。
初夏。瑞々しい若葉生い茂る木々に囲まれながら、俺はめし屋を探している。
いっぱい歩いたからカツ丼でもかっこみたいところだが、贅沢はいわない。米でも麺でもいいからこの空腹から解放されたいのだ。
しかし、こんなところに店があるはずはない。大通りまではまだ30分以上あるのだ。一応車道ではあるが、行きも帰りも、まだ誰ともすれ違っていない。あの客の私有道路なのではないかと思えてくるほどだ。こんな誰も通らないところに店を構えるやつなんていないだろう。
「……ん?」
看板が立っている。「ここはとあるレストラン」と書かれたその看板の向こう側に小さな建物が見えた。
案外あるものだ。変な名前の店だが、よし、ここで胃袋にものを詰めよう。見るからに洋食屋という外観の店に俺は入った。
「いらっしゃいませ」
さて……なににするか。入ってくる時に見えたボードには、ナポリタンが人気メニューらしい。考える気力もあまりない。これでいいだろう。
「すいません、このナポリタンを」
「はい、ナポリタンですね」
「あ、それと」
いま、メニューの文字が目に入ってしまった。
「ハヤシライスも」
やっぱり、米も欲しい。
しばらくして出てきたナポリタンにかぶりつく。
「……ん?」
これが人気メニューなのか。ナポリタンにしては塩味がききすぎている気がする。しょっぱい。これはしょっぱいぞ。文句を言うか、言うまいか。
いや、今はそんな細かいことにこだわっていられる状況じゃない。味なんかどうでもいいじゃないか。毒じゃないんだ。
結局、ものの数分でナポリタンを平らげた。それを見計らったようにハヤシライスが運ばれてくる。
さっきのナポリタンの味を考えると、ちょっと不安だ。空腹のスパイスはもう品切れ。これも微妙な味だったら、残してしまおうかな。
恐る恐る、ハヤシライスを口へ運ぶ。
うん?
うまい。うまいじゃないか。
味付けは平凡だ。デミグラスソースも普通だし、牛肉も取り立てて言うほどのものではない。うまいのは、白飯の方だ。
これはいい米だ。そこいらの定食屋よりもずっと美味しい。炊き方が上手いのだろう。この味、どこかで食べたことがある気がするな。どこだったろう……
最初の不安はどこへやら、ハヤシライスも気がつけば綺麗さっぱりなくなっていた。人気メニューのナポリタンより、俺にはハヤシライスの方が合っているみたいだ。
「でさ、うちの旦那、そこに塩辛をぶちこんじゃうのよぉ」
「え〜、ウソォ〜」
腹が満たされて初めて気がついたが、こんな辺鄙なところにあるのに、意外と客が入っているんだな。近所のオバサンって感じの人が多い。平日の昼間に、暇な主婦がたまり場にする店か……俺みたいなよそ者はきっと場違いなんだろう。
勘定を済ませて外に出る。うん。うまかった。再び山道を下りはじめる。
しばらく歩いているときに、ふと俺は気づいてしまった。
「とあるレストラン……デザートを見るのを忘れていたな」
シンプルなバニラアイスでしめれば最高だったのに、失敗したかな。そういえば駅前に甘味処があった。腹ごなしが終わったらそこであんみつでもつついていこう。和食系の方が俺は好きだしな。
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